厳しさを増す生活実感
要点
日本人の真面目な国民性と優れた技術の伝統から、素晴らしい商品が生まれた。自動車・造船・工作機械、こうした商品を輸出し続け、日本には大きな利益がもたらされ、国民は、そのオコボレに与り、劇的に「豊かさ」を謳歌するようになった。
だから自民党は、輸出産業を支援することだけが日本国家を栄えさせる道だと確信し、徹底的な産業優先主義に走った。保守政権を支え続ける岐阜県のような地方に対しては、その輸出利益から農政補助金という形で大規模にカネを入れ、不動の保守王国を築きあげた。
ところが、ここに誤算があった。それは貿易均衡という国際ルールである。国家間貿易は輸出入均衡を図るという取り決めがあり、輸出産業の強い国家には、バランスをとるために、輸入国の農産物を強制的にでも買わされることになった。自分たちだけ儲けて売り抜けるという思惑は通用しないのである。それを要求したのは世界最強のアメリカ国家であり、日本は従うしかなかった。
日本は輸出相手先であるアメリカや欧州・アジアなどから膨大な食料や木材などを輸入させられることになり、それが国内地方産業を圧迫するようになった。円が上がったことにより、それは恐るべき安さで輸入され、日本の農業・林業を根底から破壊することになった。
慌てて補助金を増やしてみたものの、もはや少しばかりでは追いつかず、地方の第一産業、その加工産業は絶望的な不況に追い込まれた。
言葉を換えていうなら、日本では、輸出産業の金儲けのために、地方の農林工業を売り渡したのである!
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余談 厳しさを増す生活実感
筆者のいる岐阜県中津川市、人口三千人の旧・蛭川村地内には、未だにコンビニが一軒もなくて、小さなスパーが一軒、他に食料品店が一軒、それに酒屋が三軒、あとは和菓子屋が一軒、喫茶店が一軒といったところで、酒やおかずを買いに歩いてゆけば最短40分ほどかかる。最近ではガソリン節約で自転車で買い出しに行くことが多いが、それでも20分くらいかかる。
一番近いコンビニは恵那市・福岡町とも車で15分ほど、スーパーマーケットも同じくらい。本屋だと30分くらい走る。バス路線は、恵那駅と蛭川旧市街を結ぶ一路線だけしかなく、一日5本、昼間は三時間に一本である。筆者宅から恵那駅まで往復千円、田舎暮らしは車がないと非常に困ることがお分かりいただけるだろう。
村内で運転中、紅葉マークの老人の危険運転に出くわすことが少なくない。50キロ道路を30キロで走行、一旦停止で止まっても左右を確認しないなど、恐ろしい運転ぶりだ。しかし彼らから車を取り上げたなら、その翌日から生活できなくなる。バス停まで徒歩30分という筆者宅はマシな方で、一時間かかる人も珍しくなく、しかも老人たちは歩くことさえ不自由なのである。ケアサポートがないわけではないが決して万全ではない。基礎年金さえ受給できず、介護保険も払えない老々介護世帯も少なくない。カネのない彼らにケアは皆無である。
彼らの行く末は、歩けなくなった段階で、自ら死を選ぶ以外の選択肢は存在しない。彼らの多くは自民党地元有力者に投票してきた。だが、自民党政府は彼らに地方・老人・貧乏人切り捨て、重税負担、「貧しければ死ね!」政策で報いた。
今、やっと、自民党に投票してきたことの愚かさを思い知らされているが、時遅し、世間知らずでカネとメンツしか興味のないボンボン二世三世議員が、彼らの生活や苦悩に関心を抱くわけがない。後は悲惨な死を待つばかり。民主党に投票すれば、なんとかしてくれるわけでもないが、それでも悔しさのぶつけどころがなくて自民党だけには入れない! という意志の結果が先の山口補選であった。
かつて1970年代半ばあたりまで、日本の田舎には現在の数倍の人口があって、日本中、バス路線のないところなど、ほとんどなかった。筆者も当時、年間50回以上の登山を行っていたが、どんな僻地でもバス路線に困ったことは少なかった。
当時、当地でも3路線、それぞれ日10本以上のバス便があったらしい。だから不自由はなかったという。恵那市や中津川市の商店街も、今より、はるかに賑やかで、大勢の人が歩いていて、娯楽にも不自由しなかったらしい。
当時の主力産業は、林業と製紙産業であった。自然環境に恵まれて、素朴な暖かい心の持ち主が多かったこの町は、とても暮らしやすい良い街だったという。筆者の若い頃は、ギターやバイオリンの楽器産業が勃興し、フォークジャンボリーなど、全国の若者音楽文化をリードした時代もあった。
それが、列島改造論主導による開発の嵐で、中央高速や主要幹線道路が整備され、近郊大都市である名古屋市との交通の便が抜群によくなった。「これで東濃地区の発展は間違いなし!」と、開発を推進した有力者たちは胸を張った。
だが、便利が良くなって、住民はどうしたか? 便利で仕事の多い名古屋を身近に感じ、若者たちが流出していった。新しい道路ができた。だが、その道路は脱出道路となったのである。
地方には老人たちだけが取り残された。そして地方を支え続けた林業・農業の産業基盤そのものが危うなくり、衰退の一途になった。なぜか?
自民党はカネの価値観に支配された政党である。自民党にカネを出す人たちを優遇した。もっともカネを与えてくれるのは誰か? 大企業であった。その大企業は、国内に商品が飽和すると、さらなる金儲けを求めて海外に進出しようとした。輸出産業に活路を求めたのである。
日本人の真面目な国民性と優れた技術の伝統から、素晴らしい商品が生まれた。自動車・造船・工作機械、こうした商品を輸出し続け、日本には大きな利益がもたらされ、国民は、そのオコボレに与り、劇的に「豊かさ」を謳歌するようになった。
だから自民党は、輸出産業を支援することだけが日本国家を栄えさせる道だと確信し、徹底的な産業優先主義に走った。保守政権を支え続ける岐阜県のような地方に対しては、その輸出利益から農政補助金という形で大規模にカネを入れ、不動の保守王国を築きあげた。
ところが、ここに誤算があった。それは貿易均衡という国際ルールである。国家間貿易は輸出入均衡を図るという取り決めがあり、輸出産業の強い国家には、バランスをとるために、輸入国の農産物を強制的にでも買わされることになった。自分たちだけ儲けて売り抜けるという思惑は通用しないのである。それを要求したのは世界最強のアメリカ国家であり、日本は従うしかなかった。
日本は輸出相手先であるアメリカや欧州・アジアなどから膨大な食料や木材などを輸入させられることになり、それが国内地方産業を圧迫するようになった。円が上がったことにより、それは恐るべき安さで輸入され、日本の農業・林業を根底から破壊することになった。
慌てて補助金を増やしてみたものの、もはや少しばかりでは追いつかず、地方の第一産業、その加工産業は絶望的な不況に追い込まれた。
言葉を換えていうなら、日本では、輸出産業の金儲けのために、地方の農林工業を売り渡したのである!
このメカニズムが、当地中津川市を支え続けた林業・製紙産業の衰退であり、農業の衰退であり、若者たちの脱出を招いたのである。
これを行ったのは、金儲けが人生最大の価値と思いこんだ人々、自民党政治である。地方の活性は、トヨタ・ホンダの金儲けのために売り渡されたのだ!
今日は、一番近い、苗木地区のスマイルというスーパーに買い出しに行った。以前いに比べて随分客足が落ちて、店内も寂しくなった。
レジで最近の事情を聞いてみると、高額商品がほとんど売れなくなったという。高級品は特売日しか売れない。客は廉価品しか買わず、それに一回分の買い上げ額も大幅に小さくなったという。
みんな生活費への圧迫が極めて深刻になっている。どこの家庭でもエンゲル係数が大幅に上がっている。給料ではやってゆけず、貯金を取り崩して間に合わせている家も多い。このままガソリンや消費物資が上がり続けたなら・・・・・暗黒しか見えない。
スマイルでは経営に危機が迫っているらしかった。その最大の理由は、数年前、すぐ近所に東濃地区最大のバローというスーパーが開業し、大量仕入れで安売りを続けているからだという。来るたびに売り場が縮小してゆくのである。
だが、スマイルが苗木に出店したとき、周辺の個人商店が軒並み廃業に追い込まれた。今度は同じ運命をスマイルが享受している。だが、バローとて、さらに大きなイオングループやユニーなどの出店があれば、同じように駆逐されてゆくのである。
大量仕入れと合理化が武器だ。だが、それによって、消費者が本当に利益を得ることができるのか?
商品は安く手に入ればよいのか? 安いだけなら中国産を買えばよい。スーパーのレジに並ぶ老人たちの手元はおぼつかない、財布から1986円を出すのに10分もかかる人もいて、並ぶ人から冷たい視線を浴びている。
個人商店のときなら「じーちゃん、細かいのはいいよ、まけとくよ、また来てね」 と暖かい笑顔で親切に対応してくれたのに・・・・・・。